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日記(建築関連) Archive
即効性のあるオンラインディクショナリーとしてiKnow! Bookmarklet
- 2008-08-24 (日)
- フリーウェアのすゝめ | 日記(建築関連) | 日記
以前私のブログでも紹介したiKnow!。
専門的な事は解らないが、英語学習アプリとしての機能はもちろん、ムダが無く今まで無かった革新的なウェブアプリとしてとっても注目している。
私も引き続きTOEICの頻出単語用にコツコツやっているが、だいぶ前にブックマークレットが出来たとニュースに出ていて、さほど気にならなかったもののいざ使ってみて非常に有用なツールだと思ったのでここに紹介。
使い方は簡単。
http://www.iknow.co.jp/bookmarkletにあるボタンをお気に入り登録するだけである。
その後自分の単語帳を作成してログオンした状態から利用してみよう。
私は主に建築に関係する専門的な英単語を覚える時に使っている。
今までは紙媒体であれば電子辞書なり英辞郎on the webで検索するなりしていたが、このブックマークレットと一緒に使うと非常に効果的だといえる。
例えばこれとこれどちらも
それをクリックすると意味や用法が幾つかポップアップされ、左のスピーカーマイクをクリックすればネイティブ発音で音声もその場で確認できる。
これだけで十分有難いが、更に単語帳に追加すればその後は通常のiKnow!と同じノリで単語を学習できる。
iKnow!の中では追加した単語の前後にあった文章も出てくるので頭の中でその単語の使うべきシチュエーションがカテゴライズ出来て覚えやすい。
自分で作ったリストは他の人も利用でき、各人が専門単語を集めてきたリストを皆で共有できるスグレモノである。
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[pushpullbar]2
- 2008-01-28 (月)
- 日記(建築関連)

設計製図の課題を進めていく上で、情報収集は欠かせない。
特に海外の建築については、著名人の作品であればきっと新建築やAUに紹介されるだろうし、日本国内にあれば実際に見に行けるだろう。しかし、世界的にはまだ知られていない世界中の建築家の作品を探す事は中々難しい。
今回ここに紹介するオーストラリア発の総合建築フォーラム[pushpullbar]2は、世界中の人が各国の最新ニュースを紹介したり、学生の作品をアップロードして海外の建築家に診てもらったりできる優れた掲示板である。
日本人の利用者はまだ少なく、建築家の橋本健さんがここのモデレータをやられているようだ。黒川氏の訃報や、日本の建築作品を紹介したりと、それらの記事を英語で見て、世界中の人がそれをどう見ているかが解り、非常に興味深い。
私も前回アップロードした[FAS]という作品を作るにあたってmrkutaiという名でこのフォーラムに参加させてもらっている。そして参考になりそうな図書館を教えて頂き、完成後にはイギリス・インドネシア・アメリカ人の方にコメントを頂いた。私の苦手な英語で、辞書を引いて無理やりくっつけていったコンセプト・説明文を何とか理解してくれた様で助かった。
海外の学生作品が見られるのも大きな魅力である。特に模型の作り込みや、プログラムの構成方法、プレゼンのレイアウトに注目している。
海外のソフトウェアの使い方や、各レンダリングソフトの比較などなど、個人的な意見であるが、この優れたの優れたフォーラムをフリー(無料)で参加してインプットとアウトプットを繰り返す事は、とても濃度濃度の高い情報とコミュニケーションが得られ、ある意味オープンデスク以上のリソースに触れ合えるのでは無いだろうか。
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Flying the bullet, or when did the future begin? - Sanford Kwinter
Flying the bullet, or when did the future begin?
弾丸を放つ事、あるいは未来はいつ始まったのか。
この文は、新書「建築家の講義 レム・コールハース」の最後の章に掲載されている、Sanford Kwinter氏のRem Koolhaas人物評論でのタイトルである。 この本は米国:ライス大学でのRem Koolhaas(画像左)の講義内容をまとめた小さい割に高価な新書であるが、右の紹介本コーナーのコメントにも書いたとおり、Remの講義の後、この「Flying the bullet」でKwinterが論じる、元米軍天才パイロットChuck YeagerとRemを対比させた話がとても興味深いのでここに紹介する。

「楽観主義を危険に変えるということ、そしてその危険に何かを語らせるということ」という知的操作が、彼の建築的なプログラムの核心を貫いているという内容から、本書はスタートする。
Remの作品やプロジェクト、論文は常に良い意味で期待を裏切り、刺激的だ。 彼の著書「錯乱のニューヨーク 」を読んでも分かる通り、Remのデザインコンセプトには、典型的な「良」とされるパターンが見つからない。
資本主義を歓迎した極めて現代的で断定的な建築理論と、圧倒的な情報の処理量から出てくるOMAのプロジェクト案は、Intel社のco-founderであるAndrew Stephen Groveの著書「Only the Paranoid Survive-パラノイア(病的な心配性)だけが生き残る」の建築版であるかのようだ。
・空中戦も建築も4次元
イェーガーの飛行機操縦の格言として「弾丸を放て」という言葉がある。
A点にいる自分とB点にいる敵機は、自機がB点にいくまでの時間がある故、当然ながら敵機はそこにはいない。
つまり空中戦は3次元ではなく、時間の変化を取り込んだ4次元上で行われ、弾丸が命中する時間軸上に敵を誘導させるために自機を自分の身体の延長にすることができなければならないというのだ。
本文を一部引用すると、
飛行機は非常に複雑な金属である。例外的なほど高度に組織され、もちろん生命に満ち溢れている。 十分に熱い、つまり均衡状態から十分離れているが故に、安全領域の境界に近いのであるから、本当はそれ自体の金属的な性質に「語らせる」べきなのである。 中略 そのためには私達はまず飛行機のことを忘れなければならない。あなたの意識の焦点が開くにつれ、飛行機はあなたの中に引き込まれていく。
そして、イェーガーの言葉
-旋回のことすら考えるな。ただ頭か身体を回し、飛行機をついて来させるだけだ。狙いを定めたら、その位置に弾丸を放て。
自分と敵機の間にある自機の「飛行機操縦」というのを忘れて、ただ狙った位置に弾丸を放てば勝利する。そこにはコンピューターの計算は無く、人が時間への連続体から離れ、非線形上で戦っているようだ。
戦闘機パイロットの話であるが、建築家のRemは同じような意味合いで「プランニングを忘れろ」と言う。これらが正しいというKwinter氏はその理由として、「空中戦で成功をおさめるための基本は、科学技術の急激な発達にも関わらず、第一次世界大戦から変わっていないから」と述べている。

・根無し草
Remの講演で、潜在的には可能で、もうすでに実現されている建築の新局面として六つ定義をしている。
1過密
2ヨーロッパという新しい概念
3ビッグネス
4内部と外部の乖離
5情動、或いは何らかの特性を持った純粋なマス
6根無し草
この中でも「根無し草」というものが、私の中で建築に対し一番モヤモヤしている重要な定義そのものなのだ。
本文を要約すると、ゆるやかで奥深い進展(その場所で育んできた歴史や風土)と関係を絶ち、近代後期の資本体系、人口統計、国際化のキーワード「速い・安い・制御不可能」を再領域することだという。この本の最初に「建築家は危険な職業です」と何度も繰り返すRemは、まさに空中戦の中で安全領域のギリギリの中で仕事をする「危険」な人物である。
私は学生であり、建築以外にも同じかそれ以上に興味のある事がたくさんある。
最近ではダニエル・ピンク著の「ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代」に書かれているような、数学からアパレルへ、医学からコンピューター業界へと、異分野の人が創りだす新たなコンセプトが今後の重要なキーワードであることは間違いない。
根無し草でいることは非常に危険であるが、OMAの様な歴史的に定義されてきた建築の基本というものを、全て洗いざらして再定義し、それを過去の歴史に認めさせるという大胆なやり方は、それらはYeagerとRemがいう「決して予測されてはならない」なのだから、私が気づかないうちに生きている間に大きなビッグバンが起こるのかもしれない。
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課題の提出期限について
- 2007-09-26 (水)
- 日記(建築関連)
私には絶対的に守らなければならないこだわりがある。
それは、課題の締め切りを間に合わせる事だ。
しっかり課題をこなしている人にとっては、あまりに自明な事であって、わざわざこうやって話題に持ち上げる事でも無いと思うに違いない。
だが、与えられた期日に間に合わないという事がどれだけ重い事かについて、今一度考えるべきだと思い、私なりの期日への考えを書くことにする。
まずは、期日とは何を意味するかについてだ。
建築学科生は、その対象があまりにも大きいため、プロダクトデザイン学科の様に、リアルな実物大のモックアップを作成し、現実的な検証をすることは難しい。
学生一人一人が実際に建築物を作るという事はまず無いといっていい。
なので我々は模型を作り、図面を書き、伝達手段としてイメージ画像やCG等を用いて第三者に作品の意図を伝える。
全てシミュレーションが前提の作業である。
制限ある敷地に、設定されたクライアント像、実際に建つかどうかはそこまで重視されない為、与えられた命題にどう答えるかが設計課題の主たる評価対象である。
私の学部は夜間部なので、既に設計実務をしている方もいれば、高校を卒業後現役で入学してきた全くの未経験者もいる。当然実務経験者の図面や模型は正しく美しいが、やはりアイデアが肝心であり、必ずしも経験者が有利とは限らない所が、この設計製図の面白い所でもある。
さて、期日とは、この場合でいうと何を意味するのか。
仕事でいえば期限は絶対を意味し、私の仕事の場合でいっても希望している期日に間に合わないと判断すれば、即座に断らなければならない。
誰もがスティーブジョブズの様であってはならないのである。
学生課題となると、間に合わないからといって、社会的信用をそれほど失う訳では無く、せいぜい講師から期待されなくなるくらいで済み、さほど罪深い行為では無い様に思える。
期日に間に合わないという事が、周囲の期待や信頼などの何かの損失につながるという事を言いたいのでは無く、価値観的な論点から期日に間に合う事が如何に重要な意味を持つかについてを書きたい。
作品を完成させるという事は、自分でピリオドを打った事を意味している。
課題内容を発表されたその日から、布団の中、電車内、仕事の休憩中、トイレなど、至る所で構想を練り、自分のパターンが出来上がってきたら、次第に立体へ形を作っていく。
その日の夜、すごく良いと思っていた事が、翌日の朝にはイマイチだと思う事もある。
そうしたモヤモヤした日の中でも、いつかは完成させなければならない。
作品は妥協無しにはありえないと私は思う。
そういった経緯で完成した作品は、自分が終止符を打ったので、作品の「責任」たるものが確立される。
完成させたので、逃げ場はもう無い。
完成させた後に「ここはこうしたかった」というタラレバ的な事を言っていては美しくない。
提出する事によって責任が出来上がるのである。
未完成のままだと、これがどうなるか。
終わりが無いという事は、極端にいえば、形もコンセプトもまだ幾らでも変えられるという事である。
仕事が忙しくて時間が取れなかったのかもしれない。あるいは1ヶ月という短い期間では十分にまとめる余裕が無かったのかもしれない。
いくらでも理由はあるだろうが、私達第三者が見るものは作りかけの作品で、あとは「ここはこうしたかった」と形の無いものへ自らが補足していくしか道は無いのである。
こういった思いもあり、提出期限というのは絶対的に守らなければならない。
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建築をどう生かすか
- 2007-03-04 (日)
- 日記(建築関連)
様々な分野で活躍する著名人は、意外にも大学で建築学を専攻していた人が多い。
当然ながらデザイナーや、芸術方面の作家などであれば関連性がなんとなく想像できるものの、ゲームクリエイターの斎藤由多加氏(早大)、歌手の小田和正氏(東北大)、こういった人達はイマイチピンと来ない。
著名では無くとも建築学科とは関係の無いように思える舞台で活躍しているのはよく耳にしている。
何故であろうか。それは私が建築学科を選んだ理由がまさにそうではないかと「予想」している。
建築学科は、学部で括ると日本や中国等では工学系に分類されている。
しかし、他の国では芸術系と捉えられているのが一般的で、日本での建築学の教育形態は珍しいといわれている。
知人に美術系大学出身と理工系大学出身でそれぞれ同じ「建築学科」で学んでいたデザイナーがいるが、ものの見方や、アプローチの仕方が異なっていて興味深い。
例えば「デザインとは何か?」という漠然な問いが、違いを明確に表すものである。
人によって見方は異なるのものなので、出身大学だけでは一概に言えないものの、美術系大学出身は思想からデザインを考えている。実現可能か不可能は二の次にして頭の中で目的達成のためのデザインをまず考えるのである。逆に理工系大学出身は、説明的なデザインが多い。
どっちが問いに対する「答え」なのだろうか? どっちも必要だと私は思う。
アイデア自体は誰にでも浮かぶ、だがそれを製品(具体的な形)に仕上げる事をデザイナーは出来なければならない。
つまり、思いついたイメージをスケッチやモデルやコンピュータを使って頭の中から外に出さなければならない。これらは美術系大学出身者が得意とする。
だが、それが現実的に可能かどうかを、物理的に考える必要が出てくる。
例えば椅子のデザインをして、人間の荷重を支えるにはどの材質でどれくらいの太さが必要なのか、長時間その椅子に座っていると人体のどの部分に負荷が集中するかなどを、計算しながら考えるのは理工系出身者が得意としている。
さて、なぜ様々な分野で活躍する人が建築学科出身が多いのかであるが、これはどの分野でも本質的に変わりが無いからではないであろうか。
建築は広範な知識が必要となる。構造や材料などは勿論、建築には政治、宗教、歴史、経済等の知識が無いと務まらない責任重大な行為でもある。
私は今年から2年目に入り、まだ建築をまともに勉強していないが、応用力に長けた人物になりたい。
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