Archives for “書評”
今月頭に新世代オフィス研究センターから、オフィスの夢―集合知:100人が語る新世代のオフィスが発売された。 他の日記で何度も書いていた通り、私は現在金欠状態が続いている事と、他のKM・WPモノの本が溜まっていたので購入が遅れたが、実家に帰省中大型書店で目にかかり、購入。 目次はこちらを。 約300ページのボリュームで、オフィスのプロは勿論のこと、経営者、研究者、建築家、学生、FMrなどなどあらゆる職を持つ人達約100人が、NEOが用意した課題に答え、それをテキストマイニング手法を利用して集合知として「新世代オフィスとはなんぞや」の回答を出すという大がかりなプロジェクトブックである。
私の小道具の中でもはや無くてはならない存在となってしまったBluetooth Headset。 使用しているのはVoyager 855。 当時17800円もして高いと思ってはいたものの、スマートフォンはもちろんデスクトップにもラップトップにも使っているのでバッテリー対策にもう1つ欲しいくらいである。 ヘッドセットは何故普及しなかったか http://d.hatena.ne.jp/taitoku/20080510/1210378712 こちらに面白おかしく紹介されている通り、欧米のソレほど殆ど普及していない。 私が東京にいて今まで見たことある(東洋系の顔立ちに限る)のは、工事現場のハイテク現場監督かどこかのPCショップスタッフのみである。 ショップスタッフはデモンストレーションを兼ねていると見れば、利用者としては現場監督のおじさんのみということになる。きっとどこかで仕事やプライベートで利用している人はいるだろうが、路上で普通に使っているのはいつも外国人なのが現状だ。 上記記事の社内で不評という話と同じく、私も「なんか腹立つ」と言われた事がある。 勿論冗談めかしてであるが、「またなんか変な事やりだしたぞ」という様な目で見ていた事は事実である。 普及するポテンシャルやニーズは十分に満たしていると思うのだが、流行らない理由を考えてみる。
つい先日、日本科学未来館へ行ってきた。 設計は日建・久米設計の共同体で、ランドスケープデザインはハーグレイブスが担当している。 建築を見たり大平氏のプラネタリウムを見たりと色々と目的はあったのだが、その中でも常設展の説明に使われていた模型や、その見せ方のアイデア自体に関心が向いた。飲食喫煙はもちろん禁止であるが、ここは写真撮影OKなので忘れないようにと気になったブースを撮影。
大前研一著の「知の衰退」からいかに脱出するか?を読んだ。 本書を一行で説明すれば、所謂ゆでガエル現象に陥っている日本人を、「考える力」というスキルを身に付ける事でグローバル社会に対応できる人材が育つだろうという内容である。 これまで幾度となく大前氏は日本人に対し現状にダメ出しをし、書籍やコラムと通して彼の自論提案し続けていたが、本書はそれとは全く違う、今までの大前ワールドから飛び出した本であると思えた。 読み終えた印象として、今までは 「世界のスタンダードが○○××になっているから、日本もこうしなさい!」 だったのが、 「世界のスタンダードは○○××になっているのに、お前らはもうダメだ!もう知らん!」 と言っている様に聞こえた。
今日の夕方、通っている公営のスポーツジムで自転車をこぎながら村上式シンプル英語勉強法―使える英語を、本気で身につけるを読んだ。 グーグルの日本法人元CEOが語る英語勉強法。 もうこのネームバリューだけで売れない訳が無いのだが、私もそれにつられて購入してしまった人の1人である。 目次は以下のとおり。
今回は私が読んだ事のある、或いは今後読む予定のワークプレイスに関する本を7冊紹介する。 この手の書籍は建築やインテリアデザインとは打って変わってバリエーションが少ない。 1 POST‐OFFICE―ワークスペース改造計画 岸本 章弘 中西 泰人 仲 隆介 馬場 正尊 みかんぐみ TOTO出版 「衣・食・住の順番で洗練されてきたデザイン、次は「職」の番だ。」と冒頭に書かれた本書は、ECIFFOの編集長である岸本さんをはじめとした建築家や研究者達による知的創造を生み出す工夫や、そのアイデアスケッチが盛り込まれたボリューミーな一冊である。フルカラーでコンパクト。アイデアスケッチがたまにユーモアが溢れすぎて悪ふざけているのもあるが、実現不可能なものも含めてこの本が問質しているテーマは未開拓の分野なので大変興味深い。
私の就職活動が2月始めより徐々にスタートした。 学費の為、今の仕事は継続しているのでどっぷり就活生にはなれない事。 やりたい仕事が半年以上前からブレていないので、自己分析から自分に合ったものを探すやり方の逆アプローチとなる事。 社会人経験があり、さらにサークル・クラブ活動皆無の夜間大学に在籍しているので通常のエントリーシートの質問を、真正面に答えられない事。
建築学科の学生は、必ずしも全員が意匠設計へ進む訳では無い。 むしろ1人の建築家として独立し、生計を建てられるのはほんの一握り中の一握りである。 学校で学ぶ建築は、どういった分野の仕事で生かせるだろうか。 それを五十嵐太郎さんが細かく紹介されている。 建築業界のお仕事紹介本は山ほどあるが、建築学科生にスポットをあてたものはとても珍しい。 特に26政治家の項と、渡邊英徳さんのインタビューが面白かった。
最近空いた時間にポツポツと読んでいる二冊をご紹介。 まずは建築のしくみ 住吉の長屋/サヴォア邸/ファンズワース邸/白の家
磯崎新の「都庁」―戦後日本最大のコンペを読んだ。 私が生まれた翌年1985年に、当時の鈴木都知事の提案から新宿へ都庁が移転された。 その時に行われた、戦後日本最大級の大きなコンペのお話。 この本を読むまで、丹下健三の出来レースという話を前から聞いていたのでさほど都庁のディティールに興味は無かったのだが、著者平松氏が書く冗談めいて解りやすく、そして愛嬌のある文章と、磯崎アトリエの周囲をとりまく複雑な人間関係が各本人の証言とともに詳細の載せられた一流のドキュメンタリとが独特のバランスを保っており、爽やかな読了感の残る良書であった。が、見方を変えれば磯崎新を賛美した丹下健三と東京都の暴露本としても見て取れる部分も多い。
RC構造の試験勉強用に、あまり講義に出れなかったこともあってか教科書をいきなり見ただけでは難しい単語がたくさん出てきて効率が悪いと判断し、何か図説付きで専門分野を学ぶ前にサラっとイメージでRCを学べるものは無いかと書店を歩き回っていたら、とっかかりとしてはとても優れた良書を発見。 その名もゼロからはじめる〈RC造建築〉入門。 ラーメンや壁式などの構造形式からコンクリートの種類、施工関係の事まで全頁イラスト付きで説明してあり、ポケットサイズなので時間が空いた時などにチラっと読むだけで「あーそういうことだったのか」的な発見がたくさんある優しい本です。
Flying the bullet, or when did the future begin? 弾丸を放つ事、あるいは未来はいつ始まったのか。 この文は、新書「建築家の講義 レム・コールハース」の最後の章に掲載されている、Sanford Kwinter氏のRem Koolhaas人物評論でのタイトルである。 この本は米国:ライス大学でのRem Koolhaas(画像左)の講義内容をまとめた小さい割に高価な新書であるが、右の紹介本コーナーのコメントにも書いたとおり、Remの講義の後、この「Flying the bullet」でKwinterが論じる、元米軍天才パイロットChuck YeagerとRemを対比させた話がとても興味深いのでここに紹介する。 「楽観主義を危険に変えるということ、そしてその危険に何かを語らせるということ」という知的操作が、彼の建築的なプログラムの核心を貫いているという内容から、本書はスタートする。 Remの作品やプロジェクト、論文は常に良い意味で期待を裏切り、刺激的だ。 彼の著書「錯乱のニューヨーク 」を読んでも分かる通り、Remのデザインコンセプトには、典型的な「良」とされるパターンが見つからない。 資本主義を歓迎した極めて現代的で断定的な建築理論と、圧倒的な情報の処理量から出てくるOMAのプロジェクト案は、Intel社のco-founderであるAndrew Stephen Groveの著書「Only the Paranoid ...
Amazon.co.jp ウィジェット スティーブ・ジョブズ。 マッキントッシュユーザーならこの男を知らないはずは無いだろう。 現アップルコンピューターCEO、ピクサーCEOであり、iPod産みの親でもある コンピューター、音楽、映画の3つの業界で成功し、世界で最も有名な経営者の一人である。 「スティーブ・ジョブズ-偶像復活」と「スティーブ・ジョブズ神の交渉術―独裁者、裏切り者、傍若無人…と言われ、なぜ全米最強CEOになれたのか」を読んだ。 幾つか内容が重複していたが、私が思う事を書こうと思う。 先に言っておくが、マッキントッシュはジョブズが開発していたものではない。原形はパートナーであったウォズが設計したものであるし、映画「トイストーリー」もジョン・ラセターが本当の産みの親である。 彼の事を現実歪曲空間と呼ばれているが、他人のものを自分が作ったかのように相手に信じ込ませる能力に長けており、マッキントッシュもiMacもiTMSもピクサー映画も、革新的なモノをまるで自分が作り出したかの様に振るまっている。 まだパーソナルコンピューターという概念自体が生まれていない時期に、「完成品のサイズが電話帳以上になることは許されない」だとか「開発期間は2ヶ月」と無謀な事を言い、優秀な技術者のモチベーションを維持させる事に貢献していた。 特にマックの発売に関してジョブズは 「マックは自分の為に作った。すごいかどうかは自分が判断する。市場調査するつもりなんかなかった。グラハムベルが電話を発明したとき、市場調査をしたと思うかい?するわけないじゃないか」と言っている。 この発言から読み取れる事は、彼はビジネスマンでは無い事だ。普通なら何か新製品を作る時は、市場のニーズをくまなく調べて皆が欲しがる「ちょっといいもの」を作ろうとする。 だが、他人に耳を貸さないジョブズは「どこにもないもの」「すごくいいもの」は必ず売れる。自分を信じる事が重要だと言っている。 すごく単純かつシンプルすぎる話であるが、かの有名な本田宗一郎も「独創的な新製品を作るヒントを得ようとしたら、市場調査の効力はゼロとなる。大衆の知恵は決して創意など持っていないのである。大衆は作家ではなく批評家なのである。作家である企業が、自分でアイデアを考えずに、大衆にそれを求めたら、もう作家ではなくなるのである。大衆がもろ手をあえて絶賛する商品は、大衆のまったく気のつかなかった楽しみを提供する、新しい内容のものでなければならない」と言っており、「需要は自分が作り出す」という点で似ているものがあると、本に書かれている。 さらに興味深いのは。彼は大学中退者で、専門的な学術機関で科学を学んでいないにも関わらず、エレクトロニクス業界のトップに君臨している点である。 彼の大嫌いなマイクロソフトのビルゲイツは中退したものの(のちに名誉博士を送られている)ハーバード大学でコンピューターサイエンスを学んでいた。 今やネットで世界一有名なグーグルの創業者2人もスタンフォード大学出身者で、ITのベンチャー企業を起こすには物理・数学から始まる高度な専門知識が必要不可欠(アメリカでは特に)であるが、人を巻き込む情熱と圧倒的で魅力的なプレゼンテーション(youtubeで見れるので参考に)で、技術屋をある意味マインドコントロールして頂点に立っている。 1度ジョブズが誘ったペプシコーラでマーケティング部門を担当していたジョン・スカリーにアップルを追放されるが、その後自費でNeXTとピクサーを設立して、最終的にNeXTをアップルに買収させてCEOに返り咲いたりと、まさに「こいつぁ参った!」だらけの偉人である。 グーグルのサクセスストーリー本「Google誕生 —ガレージで生まれたサーチ・モンスター」も充分おもしろいが、失敗のデカさがジョブズの方が圧倒的に大きい。 そんなスティーブジョブズから何を学ぶか、それはエレベーターで乗ってから降りる間に社員をクビにしたり、アップル前社長ギル・アメリオ(アップル薄氷の500日に詳しい)の努力で黒字経営に戻した事を自分の功績として横取りする事でもない。 単純だが、「やりたい事を早く見つけて絶対にあきらめるな」という事である。 自分に足りない部分は情熱で人が動いて助けてくれるかもしれない、何度も何度も熱意を伝えればいつかは伝わるかもしれない、年を取るにつれ自分に出来る事を予め予測して計画しがちな私に、60歳を過ぎても「がむしゃら」が衰えない(むしろ加速している)スティーブ・ジョブズから大きな刺激を受けた。
Amazon.co.jp ウィジェット 私は故岡本太郎が好きだ。 といっても、彼の作品についてはあまり詳しくないので絵や彫刻のここが良いという話では無く、彼の生き方や繰り返す主張していたメッセージが私がモヤモヤして自信を持てずにいたことをはっきりと解決してくれるからだ。 この本は著者が亡くなる3年前に書き残した文庫本であるが、参考になった部分を私の解釈で一部紹介させて頂く。 まずは幸福の意味について -僕は"幸福反対論者"だ。幸福というのは、自分につらいことや心配なことが何もなくて、ぬくぬくと、安全な状態をいうんだ。 ~中略~ ニブイ人間だけが「しあわせ」なんだ。ぼくは幸福という言葉は嫌いだ。 ぼくはその代わりに"歓喜"という言葉を使う。 危険なこと、辛いこと、つまり死と対面し対決するとき、人間は燃え上がる。それは生きがいであり、そのときわきおこるのがしあわせでなくて、"歓喜"なんだ。 これは大学で経済学の講義を初めて受けた時、講師が「経済学という学問の目的は"生活の豊かさ"が根本的にある」と言っていた事を思い出した。 ありとあらゆる対象をサンプリングしてデータにし、統計的推測を用いて現在・未来の状態を考察して、「よりよい生活を」と言いたいのだろうが、私は違うと思った。 なぜ幸せの追求である経済が発展している先進国が電車で暗い顔していたり、心ない残虐な事件を起こすのか、どうもこの発言には矛盾を感じていて、豊かさの追求の中に心の豊かさは含まれていないのではと思っていた。 岡本太郎は「芸術は呪術だ」というし、「生きるという営みは本来、無条件で無目的である」とも言う。 「しあわせ」という状態に、必ず絡んでくる「生活レベル」。(口では言わないが、殆どの人は結局のところ生活の裕福度=幸せレベルで計っているだろう) 今の受験戦争、格差社会、アウトソーシング どれもこれもカネに纏わる話だ。 受験戦争がカネと関係無いと思う人もいるかもしれないが、彼らは特に学びたい学問があるのではなく、それよりも自分にハクを付けたいという動機が圧倒的だ。 岡本太郎は「生身で運命と対決して歓喜するのが本当の生命感。合理に非合理をつきつけ、目的的思考のなかに無償を爆発させる。あいまいに、ミックスさせることではない。猛烈に対立し、きしみあい、火花を散らす。それによって人間は、"生きる"手ごたえを再びつかみとることが出来るだろう。」という。 合理的に処理しようと発展した結果、人間が考える事をやめてしまったのだ。 年老いたお偉い教授も、我々若者に対しネットがあるから自分で調べる事をしないような言い方をする。そういった傾向が見られる人に言うのは自由だが、まだ何も話していない初めて会った人に失礼だろう。 そういった先入観でものを言う人は置いておいて、合理的に事を進めるよりも情熱的に物事と"対決"したほうが、不合理でカネにならないかもしれないが、生きる意味を考えると決して無駄なことではないように思う。 続いて男女関係について -恋愛と結婚とは全く別の事だと思う。 むしろ、"結婚は恋愛の墓場"というのは当たっている。結婚すると緊張もなくなり、双方安心してしまうので、もはや燃えるものはない。 ~中略~ とかく妻子があると、社会的なすべてのシステムに順応してしまう。たった一人ならうまくいこうがいくまいが、どこで死のうが知ったことではない。思いのままの行動がとれる。 家族というシステムによって、何の保障もされていないことが、真の生きがいであると思う。 だからぼくは独身を通してきたのだ。 これを女性の側に立って言えば、"本当はこっちの人が好きなんだけど、社会的に偉くなりそうもないし、あの人と結婚すれば、将来の生活が安心だから・・・"などという結婚は、極端にいうと一種の売春行為である。 よくぞ言ってくれたと言えばいいだろうか。男と女の話は今も昔も似ていて進歩していないのが興味深いが、とある哲学者は「結婚は世界史に残る女性の革命的な勝利だ」と言っていた。 岡本太郎の純粋っぽさというか、あの独特のキャラクターは、彼の恋愛感を見ても伝わってくる。 彼は世界中の女性と同棲しているが、生涯独身である。この上記の発言は、岡本太郎だからこそ言える言葉かもしれない。私がこんな事を主張して、女性にソッポを向かれても、それを貫けるかどうかは別問題だ。 だが、後半部分の「一種の売春行為」という表現は素晴らしい。 最近はセレブという言葉がテレビでも周りでも流行しているが、タレントのセレブ婚に、「勝ち組」やら「負け犬」という分類の仕方、さらには昨日友人が言っていた「セレブコンパ」の存在を聞いていて、なんでもっと大切なモノが分からないかと思っていた。 生活が安心だからとかで相手を選ぶのは、相手を愛していない証拠である。 ほかにも、作品展で見に来た人が見てすぐ「あら、いいわね」というのは「どうでもいいわね」と同じ事だと言って見せたり、岡本太郎で無ければ叩かれかねない刺激的な言葉が並んでいるこの本は、疲れている人が読めば栄養剤よりも心の奥で何か晴れると思う。
先日、近所の書店である新書に目が入った。 その名も「裁判官の爆笑お言葉集 (幻冬舎新書 な 3-1)」。 元々裁判官というなぞの多い人達のプライベートに興味があり、更に人生の半分は笑いに価値を置いている私にとっては非常に気になる本。 率直な感想としては、本当に笑える発言は3,4つしかなく、殆どは殺人事件での異例発言が占めている。 その笑える発言と、思わず目頭が熱くなった発言を幾つか紹介する。 「犬のうんこですら肥料になるのに、君たちは何の役にも立たない産業廃棄物以下じゃないか。」 思わずニヤついた。 これは2003年の夏に起きた暴走族の少年らによる集団リンチ殺人事件の少年審判での発言。 当時かなりのニュースになったので知っている人もいるだろう。 少年審判ということもあり、この発言は批判も集中した。 個人的に言えば、この発言は充分な妥当性があるがやはり立場上まずいのだろう。 「言葉は悪いが、単なるロリコン、単なるスケベおやじだったのではないか。日本の司法の歴史の中で、とんでもないことをしたというのは分かってますな。」 これはズルい。 裁判官が真顔でロリコンと言えば面白いに決まっている。 これは現役の裁判官が児童売春・児童ポルノ処罰法違反の罪に問われた被告人質問にて。 「電車の中では、女性と離れて立つのがマナーです。」 これはとある会社員男性が、中央線で痴漢をしたと逮捕され、長い審議の末無罪になった事件で、判決を言い渡した後の発言。 映画「それでもボクはやってない」のモデルになった事件なので、全国的に有名だろう。 確かに離れて立つのがマナーかもしれない、疑われたら男性が弱い立場にまわるのが世の常なので、私の場合は必ず片手に鞄、片手につり革で身の潔白ぶりをアピールしている。 身近な話題なだけに、我々男性陣も嫌でも関心を持たずには入られない。 先の「それでもボクはやってない」だが、本当に痴漢したかどうかは、映画は検証材料ではなくあくまで興行の産物だから、ストーリーは容疑者が被害者になったという結果から構成されているし、それに沿った印象操作をしているので、見入ってしまうと推定無罪の原則が守られてないようにどうしても見えてしまう。 だが、真相は結局当事者にしか解らない。 日本は検察に訴えられたら1000回に1度くらいしか無罪にならないので、この事を検察官が優秀だからなのか、裁判所が検察を信用しきっているからなのか人によって意見は別れる。 私は有罪確定率99.9%という数字は、通常イコール100%として考えられるものなので後者ではないかと思ってしまう。 ここまでがちょっとウケた発言。 最後に心温まるものを。 「二人してどこを探しても見つからなかった青い鳥を身近に探すべく、じっくり腰をすえて真剣に気長に話し合うよう、離婚の請求を棄却する次第である。」 ドキっとしてキュンときた。 ...
Amazon.co.jp ウィジェット 「世の中がわかる「○○主義」の基礎知識 (PHP新書 470)」は、世界中を取り巻くナントカ主義について、それぞれがどういう主張をしていて、どういった思想と対立しているかなどを図示して、素人の私にも解りやすく比較させている。 この本の良い点は、吉岡さん当人による偏向な主張が一切無く、どの思想も中立に説明されているので、嫌味が無くさまざまなナントカ主義の相関図を理解できるところにある。 だが、この手の話をすると、「●●主義とかどーでもいい、自分の個性こそ重要だ」と言う人がいる。 しかし「新しさ」を追い求めるそんな人達はロマン主義者とカテゴライズされる。 他には、世の中を否定し、人間の存在を否定し、是か否も存在しないというスタンスの人もいるが、それはそれで虚無主義者とカテゴライズされてしまう。 「どんだけ頑張ってナントカ主義から離れようとしても、その「離れたい」という行為自体が既にその人の思想だから、ナントカ主義から開放される事は無理。 無理だから出来る限り理解して上手に付き合いましょう。」とこの本は言っている様に思う。 思想はまさにその人そのものだと思うので、「自分は一体何者か」を理解する助けになるのではないだろうか。



