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書評 Archive

建築のしくみ 2冊

最近空いた時間にポツポツと読んでいる二冊をご紹介。
まずは建築のしくみ 住吉の長屋/サヴォア邸/ファンズワース邸/白の家

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目次は以下の通り1 箱型建築  建築の単純モデル
模型/平面図/断面図/立面図/立体図/本章のまとめ

2 住吉の長屋 鉄筋コンクリート壁構造
住吉の長屋/鉄筋コンクリートと壁構造/平面の構成/断面の構成/
立面の構成/コンピュータ・グラフィックス/本章のまとめ

3 サヴォワ邸 鉄筋コンクリートラーメン構造
サヴォワ邸/ラーメン構造/サヴォワ邸の模型/1階の構成/2階の構成/
屋上の構成/立面の構成/断面の構成/窓の構成/本章のまとめ

4 ファンズワース邸 鉄骨構造
ファンズワース邸/鉄骨構造/鉄のフレーム/床と屋根/ガラスの壁/
階段/設備コア/CGによる空間表現/本章のまとめ

5 白の家 木造軸組構造
白の家/木造建築/軸組構造/基礎/床組/軸組/小屋組/各部の構成/本章のまとめ

世界的に有名なサヴォア邸とファンズワース邸と、日本で有名な住吉の長屋と白の家について、それぞれパートに分かれて各図面のトレースから各構造の歴史と仕組み、それぞれの模型の作り方まで細かく解説されたボリューミーな一冊。
有名建築の写真説明だけではない平面や断面パースを使った建築的な解説は、色々な疑問に答えてくれると思います。

続いて図解事典 建築のしくみ

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目次は以下のとおり

構造
構造計画
中低層建築
中高層建築
超高層・超超高層建築
大空間・大スパン建築
木質系構造
伝統的木造
各部構法
屋根


天井
開口部
階段・バルコニーほか
設備・性能・機能
設備
性能
高機能空間
高機能建築
エクステリア・インテリア
外構
街並み
しつらえ
生産
製図
施工手順
工事
維持・保全
プレファブリケーション

前回紹介したゼロからはじめる〈RC造建築〉入門の総合版といいますか、木造からメガストラクチャーまで、計画から施工まで、おおよそ建築学科で学ぶであろう内容が全てパート別に分かれて1項目=2ページで丁寧に解説されてます。
また職場でワークプレイスの提案資料を作るお手伝いをする際にもお世話になっている良書です。

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ゼロからはじめる〈RC造建築〉入門

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RC構造の試験勉強用に、あまり講義に出れなかったこともあってか教科書をいきなり見ただけでは難しい単語がたくさん出てきて効率が悪いと判断し、何か図説付きで専門分野を学ぶ前にサラっとイメージでRCを学べるものは無いかと書店を歩き回っていたら、とっかかりとしてはとても優れた良書を発見。
その名もゼロからはじめる〈RC造建築〉入門

ラーメンや壁式などの構造形式からコンクリートの種類、施工関係の事まで全頁イラスト付きで説明してあり、ポケットサイズなので時間が空いた時などにチラっと読むだけで「あーそういうことだったのか」的な発見がたくさんある優しい本です。

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Flying the bullet, or when did the future begin? - Sanford Kwinter

Flying the bullet, or when did the future begin?

弾丸を放つ事、あるいは未来はいつ始まったのか。

この文は、新書「建築家の講義 レム・コールハース」の最後の章に掲載されている、Sanford Kwinter氏のRem Koolhaas人物評論でのタイトルである。 この本は米国:ライス大学でのRem Koolhaas(画像左)の講義内容をまとめた小さい割に高価な新書であるが、右の紹介本コーナーのコメントにも書いたとおり、Remの講義の後、この「Flying the bullet」でKwinterが論じる、元米軍天才パイロットChuck YeagerとRemを対比させた話がとても興味深いのでここに紹介する。

 

「楽観主義を危険に変えるということ、そしてその危険に何かを語らせるということ」という知的操作が、彼の建築的なプログラムの核心を貫いているという内容から、本書はスタートする。
Remの作品やプロジェクト、論文は常に良い意味で期待を裏切り、刺激的だ。 彼の著書「錯乱のニューヨーク 」を読んでも分かる通り、Remのデザインコンセプトには、典型的な「良」とされるパターンが見つからない。
資本主義を歓迎した極めて現代的で断定的な建築理論と、圧倒的な情報の処理量から出てくるOMAのプロジェクト案は、Intel社のco-founderであるAndrew Stephen Groveの著書「Only the Paranoid Survive-パラノイア(病的な心配性)だけが生き残る」の建築版であるかのようだ。



・空中戦も建築も4次元
イェーガーの飛行機操縦の格言として「弾丸を放て」という言葉がある。

A点にいる自分とB点にいる敵機は、自機がB点にいくまでの時間がある故、当然ながら敵機はそこにはいない。
つまり空中戦は3次元ではなく、時間の変化を取り込んだ4次元上で行われ、弾丸が命中する時間軸上に敵を誘導させるために自機を自分の身体の延長にすることができなければならないというのだ。

本文を一部引用すると、
飛行機は非常に複雑な金属である。例外的なほど高度に組織され、もちろん生命に満ち溢れている。 十分に熱い、つまり均衡状態から十分離れているが故に、安全領域の境界に近いのであるから、本当はそれ自体の金属的な性質に「語らせる」べきなのである。 中略 そのためには私達はまず飛行機のことを忘れなければならない。あなたの意識の焦点が開くにつれ、飛行機はあなたの中に引き込まれていく。

そして、イェーガーの言葉
-旋回のことすら考えるな。ただ頭か身体を回し、飛行機をついて来させるだけだ。狙いを定めたら、その位置に弾丸を放て。

自分と敵機の間にある自機の「飛行機操縦」というのを忘れて、ただ狙った位置に弾丸を放てば勝利する。そこにはコンピューターの計算は無く、人が時間への連続体から離れ、非線形上で戦っているようだ。
戦闘機パイロットの話であるが、建築家のRemは同じような意味合いで「プランニングを忘れろ」と言う。これらが正しいというKwinter氏はその理由として、「空中戦で成功をおさめるための基本は、科学技術の急激な発達にも関わらず、第一次世界大戦から変わっていないから」と述べている。


・根無し草
Remの講演で、潜在的には可能で、もうすでに実現されている建築の新局面として六つ定義をしている。

1過密
2ヨーロッパという新しい概念
3ビッグネス
4内部と外部の乖離
5情動、或いは何らかの特性を持った純粋なマス
6根無し草

この中でも「根無し草」というものが、私の中で建築に対し一番モヤモヤしている重要な定義そのものなのだ。
本文を要約すると、ゆるやかで奥深い進展(その場所で育んできた歴史や風土)と関係を絶ち、近代後期の資本体系、人口統計、国際化のキーワード「速い・安い・制御不可能」を再領域することだという。この本の最初に「建築家は危険な職業です」と何度も繰り返すRemは、まさに空中戦の中で安全領域のギリギリの中で仕事をする「危険」な人物である。

私は学生であり、建築以外にも同じかそれ以上に興味のある事がたくさんある。
最近ではダニエル・ピンク著の「ハイ・コンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代」に書かれているような、数学からアパレルへ、医学からコンピューター業界へと、異分野の人が創りだす新たなコンセプトが今後の重要なキーワードであることは間違いない。
根無し草でいることは非常に危険であるが、OMAの様な歴史的に定義されてきた建築の基本というものを、全て洗いざらして再定義し、それを過去の歴史に認めさせるという大胆なやり方は、それらはYeagerとRemがいう「決して予測されてはならない」なのだから、私が気づかないうちに生きている間に大きなビッグバンが起こるのかもしれない。

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人間:Steve Jobs

スティーブ・ジョブズ
マッキントッシュユーザーならこの男を知らないはずは無いだろう。
現アップルコンピューターCEO、ピクサーCEOであり、iPod産みの親でもある
コンピューター、音楽、映画の3つの業界で成功し、世界で最も有名な経営者の一人である。

スティーブ・ジョブズ-偶像復活」と「スティーブ・ジョブズ神の交渉術―独裁者、裏切り者、傍若無人…と言われ、なぜ全米最強CEOになれたのか」を読んだ。
幾つか内容が重複していたが、私が思う事を書こうと思う。
先に言っておくが、マッキントッシュはジョブズが開発していたものではない。原形はパートナーであったウォズが設計したものであるし、映画「トイストーリー」もジョン・ラセターが本当の産みの親である。

彼の事を現実歪曲空間と呼ばれているが、他人のものを自分が作ったかのように相手に信じ込ませる能力に長けており、マッキントッシュもiMacもiTMSもピクサー映画も、革新的なモノをまるで自分が作り出したかの様に振るまっている。

まだパーソナルコンピューターという概念自体が生まれていない時期に、「完成品のサイズが電話帳以上になることは許されない」だとか「開発期間は2ヶ月」と無謀な事を言い、優秀な技術者のモチベーションを維持させる事に貢献していた。

特にマックの発売に関してジョブズは
マックは自分の為に作った。すごいかどうかは自分が判断する。市場調査するつもりなんかなかった。グラハムベルが電話を発明したとき、市場調査をしたと思うかい?するわけないじゃないか」と言っている。

この発言から読み取れる事は、彼はビジネスマンでは無い事だ。普通なら何か新製品を作る時は、市場のニーズをくまなく調べて皆が欲しがる「ちょっといいもの」を作ろうとする。

だが、他人に耳を貸さないジョブズは「どこにもないもの」「すごくいいもの」は必ず売れる。自分を信じる事が重要だと言っている。
すごく単純かつシンプルすぎる話であるが、かの有名な本田宗一郎も「独創的な新製品を作るヒントを得ようとしたら、市場調査の効力はゼロとなる。大衆の知恵は決して創意など持っていないのである。大衆は作家ではなく批評家なのである。作家である企業が、自分でアイデアを考えずに、大衆にそれを求めたら、もう作家ではなくなるのである。大衆がもろ手をあえて絶賛する商品は、大衆のまったく気のつかなかった楽しみを提供する、新しい内容のものでなければならない」と言っており、「需要は自分が作り出す」という点で似ているものがあると、本に書かれている。

さらに興味深いのは。彼は大学中退者で、専門的な学術機関で科学を学んでいないにも関わらず、エレクトロニクス業界のトップに君臨している点である。
彼の大嫌いなマイクロソフトのビルゲイツは中退したものの(のちに名誉博士を送られている)ハーバード大学でコンピューターサイエンスを学んでいた。

今やネットで世界一有名なグーグルの創業者2人もスタンフォード大学出身者で、ITのベンチャー企業を起こすには物理・数学から始まる高度な専門知識が必要不可欠(アメリカでは特に)であるが、人を巻き込む情熱と圧倒的で魅力的なプレゼンテーション(youtubeで見れるので参考に)で、技術屋をある意味マインドコントロールして頂点に立っている。

1度ジョブズが誘ったペプシコーラでマーケティング部門を担当していたジョン・スカリーにアップルを追放されるが、その後自費でNeXTとピクサーを設立して、最終的にNeXTをアップルに買収させてCEOに返り咲いたりと、まさに「こいつぁ参った!」だらけの偉人である。

グーグルのサクセスストーリー本「Google誕生 —ガレージで生まれたサーチ・モンスター」も充分おもしろいが、失敗のデカさがジョブズの方が圧倒的に大きい。

そんなスティーブジョブズから何を学ぶか、それはエレベーターで乗ってから降りる間に社員をクビにしたり、アップル前社長ギル・アメリオ(アップル薄氷の500日に詳しい)の努力で黒字経営に戻した事を自分の功績として横取りする事でもない。

単純だが、「やりたい事を早く見つけて絶対にあきらめるな」という事である。
自分に足りない部分は情熱で人が動いて助けてくれるかもしれない、何度も何度も熱意を伝えればいつかは伝わるかもしれない、年を取るにつれ自分に出来る事を予め予測して計画しがちな私に、60歳を過ぎても「がむしゃら」が衰えない(むしろ加速している)スティーブ・ジョブズから大きな刺激を受けた。

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「自分の中に毒を持て」を読む

私は故岡本太郎が好きだ。
といっても、彼の作品についてはあまり詳しくないので絵や彫刻のここが良いという話では無く、彼の生き方や繰り返す主張していたメッセージが私がモヤモヤして自信を持てずにいたことをはっきりと解決してくれるからだ。
この本は著者が亡くなる3年前に書き残した文庫本であるが、参考になった部分を私の解釈で一部紹介させて頂く。

まずは幸福の意味について
-僕は”幸福反対論者”だ。幸福というのは、自分につらいことや心配なことが何もなくて、ぬくぬくと、安全な状態をいうんだ。
~中略~
ニブイ人間だけが「しあわせ」なんだ。ぼくは幸福という言葉は嫌いだ。
ぼくはその代わりに”歓喜”という言葉を使う。
危険なこと、辛いこと、つまり死と対面し対決するとき、人間は燃え上がる。それは生きがいであり、そのときわきおこるのがしあわせでなくて、”歓喜”なんだ。

これは大学で経済学の講義を初めて受けた時、講師が「経済学という学問の目的は”生活の豊かさ”が根本的にある」と言っていた事を思い出した。
ありとあらゆる対象をサンプリングしてデータにし、統計的推測を用いて現在・未来の状態を考察して、「よりよい生活を」と言いたいのだろうが、私は違うと思った。
なぜ幸せの追求である経済が発展している先進国が電車で暗い顔していたり、心ない残虐な事件を起こすのか、どうもこの発言には矛盾を感じていて、豊かさの追求の中に心の豊かさは含まれていないのではと思っていた。
岡本太郎は「芸術は呪術だ」というし、「生きるという営みは本来、無条件で無目的である」とも言う。
「しあわせ」という状態に、必ず絡んでくる「生活レベル」。(口では言わないが、殆どの人は結局のところ生活の裕福度=幸せレベルで計っているだろう)
今の受験戦争、格差社会、アウトソーシング どれもこれもカネに纏わる話だ。
受験戦争がカネと関係無いと思う人もいるかもしれないが、彼らは特に学びたい学問があるのではなく、それよりも自分にハクを付けたいという動機が圧倒的だ。

岡本太郎は「生身で運命と対決して歓喜するのが本当の生命感。合理に非合理をつきつけ、目的的思考のなかに無償を爆発させる。あいまいに、ミックスさせることではない。猛烈に対立し、きしみあい、火花を散らす。それによって人間は、”生きる”手ごたえを再びつかみとることが出来るだろう。」という。
合理的に処理しようと発展した結果、人間が考える事をやめてしまったのだ。
年老いたお偉い教授も、我々若者に対しネットがあるから自分で調べる事をしないような言い方をする。そういった傾向が見られる人に言うのは自由だが、まだ何も話していない初めて会った人に失礼だろう。
そういった先入観でものを言う人は置いておいて、合理的に事を進めるよりも情熱的に物事と”対決”したほうが、不合理でカネにならないかもしれないが、生きる意味を考えると決して無駄なことではないように思う。

続いて男女関係について
-恋愛と結婚とは全く別の事だと思う。
むしろ、”結婚は恋愛の墓場”というのは当たっている。結婚すると緊張もなくなり、双方安心してしまうので、もはや燃えるものはない。
~中略~
とかく妻子があると、社会的なすべてのシステムに順応してしまう。たった一人ならうまくいこうがいくまいが、どこで死のうが知ったことではない。思いのままの行動がとれる。
家族というシステムによって、何の保障もされていないことが、真の生きがいであると思う。
だからぼくは独身を通してきたのだ。
これを女性の側に立って言えば、”本当はこっちの人が好きなんだけど、社会的に偉くなりそうもないし、あの人と結婚すれば、将来の生活が安心だから・・・”などという結婚は、極端にいうと一種の売春行為である。

よくぞ言ってくれたと言えばいいだろうか。男と女の話は今も昔も似ていて進歩していないのが興味深いが、とある哲学者は「結婚は世界史に残る女性の革命的な勝利だ」と言っていた。
岡本太郎の純粋っぽさというか、あの独特のキャラクターは、彼の恋愛感を見ても伝わってくる。
彼は世界中の女性と同棲しているが、生涯独身である。この上記の発言は、岡本太郎だからこそ言える言葉かもしれない。私がこんな事を主張して、女性にソッポを向かれても、それを貫けるかどうかは別問題だ。

だが、後半部分の「一種の売春行為」という表現は素晴らしい。
最近はセレブという言葉がテレビでも周りでも流行しているが、タレントのセレブ婚に、「勝ち組」やら「負け犬」という分類の仕方、さらには昨日友人が言っていた「セレブコンパ」の存在を聞いていて、なんでもっと大切なモノが分からないかと思っていた。
生活が安心だからとかで相手を選ぶのは、相手を愛していない証拠である。

ほかにも、作品展で見に来た人が見てすぐ「あら、いいわね」というのは「どうでもいいわね」と同じ事だと言って見せたり、岡本太郎で無ければ叩かれかねない刺激的な言葉が並んでいるこの本は、疲れている人が読めば栄養剤よりも心の奥で何か晴れると思う。

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「裁判官の爆笑お言葉集」を読む

先日、近所の書店である新書に目が入った。

その名も「裁判官の爆笑お言葉集 (幻冬舎新書 な 3-1)」。
元々裁判官というなぞの多い人達のプライベートに興味があり、更に人生の半分は笑いに価値を置いている私にとっては非常に気になる本。
率直な感想としては、本当に笑える発言は3,4つしかなく、殆どは殺人事件での異例発言が占めている。
その笑える発言と、思わず目頭が熱くなった発言を幾つか紹介する。

「犬のうんこですら肥料になるのに、君たちは何の役にも立たない産業廃棄物以下じゃないか。」

思わずニヤついた。
これは2003年の夏に起きた暴走族の少年らによる集団リンチ殺人事件の少年審判での発言。
当時かなりのニュースになったので知っている人もいるだろう。
少年審判ということもあり、この発言は批判も集中した。
個人的に言えば、この発言は充分な妥当性があるがやはり立場上まずいのだろう。

「言葉は悪いが、単なるロリコン、単なるスケベおやじだったのではないか。日本の司法の歴史の中で、とんでもないことをしたというのは分かってますな。」

これはズルい。
裁判官が真顔でロリコンと言えば面白いに決まっている。
これは現役の裁判官が児童売春・児童ポルノ処罰法違反の罪に問われた被告人質問にて。

「電車の中では、女性と離れて立つのがマナーです。」

これはとある会社員男性が、中央線で痴漢をしたと逮捕され、長い審議の末無罪になった事件で、判決を言い渡した後の発言。
映画「それでもボクはやってない」のモデルになった事件なので、全国的に有名だろう。
確かに離れて立つのがマナーかもしれない、疑われたら男性が弱い立場にまわるのが世の常なので、私の場合は必ず片手に鞄、片手につり革で身の潔白ぶりをアピールしている。
身近な話題なだけに、我々男性陣も嫌でも関心を持たずには入られない。

先の「それでもボクはやってない」だが、本当に痴漢したかどうかは、映画は検証材料ではなくあくまで興行の産物だから、ストーリーは容疑者が被害者になったという結果から構成されているし、それに沿った印象操作をしているので、見入ってしまうと推定無罪の原則が守られてないようにどうしても見えてしまう。
だが、真相は結局当事者にしか解らない。
日本は検察に訴えられたら1000回に1度くらいしか無罪にならないので、この事を検察官が優秀だからなのか、裁判所が検察を信用しきっているからなのか人によって意見は別れる。
私は有罪確定率99.9%という数字は、通常イコール100%として考えられるものなので後者ではないかと思ってしまう。

ここまでがちょっとウケた発言。
最後に心温まるものを。

「二人してどこを探しても見つからなかった青い鳥を身近に探すべく、じっくり腰をすえて真剣に気長に話し合うよう、離婚の請求を棄却する次第である。」

ドキっとしてキュンときた。
これは結婚生活30年の熟年夫婦が対立した離婚裁判で、離婚請求を棄却した理由での発言。

裁判官はその特殊な立場で得た経験からか、こんなファンタジーな発言も法廷でするのである。
青い鳥とは、主人公チルチル・ミチルが幸せの青い鳥を探しに行くが見つからず、結局はチルチルとミチルの最も身近なところにありましたというお話。
私の青い鳥も身近にいたらいいのに。

裁判官というと、個人的な意見は通常言わないものである。
傍聴文を読んでみても、「裁判所としては、~」と主語を私ではなく、代名詞を用いて独特の言い回しにしている様に、個人の見解ではなく「司法が君ではなく君が犯した罪を裁いてますよ」という意識を持たせている。
だが、裁判官もやはり人間なので、「うんこ以下」や「ロリコン」もついつい出てしまうようだ。

他にもタクシー運転手を差別した問題発言や、介護疲れで母親を殺害した事件の裁判に言い放った、思わず同情してしまい悲しくて目頭が熱くなる発言もあるので、興味がある人は是非一読をお勧めする。

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「世の中がわかる「○○主義」の基礎知識」を読む

世の中がわかる「○○主義」の基礎知識 (PHP新書 470)」は、世界中を取り巻くナントカ主義について、それぞれがどういう主張をしていて、どういった思想と対立しているかなどを図示して、素人の私にも解りやすく比較させている。
この本の良い点は、吉岡さん当人による偏向な主張が一切無く、どの思想も中立に説明されているので、嫌味が無くさまざまなナントカ主義の相関図を理解できるところにある。

だが、この手の話をすると、「●●主義とかどーでもいい、自分の個性こそ重要だ」と言う人がいる。
しかし「新しさ」を追い求めるそんな人達はロマン主義者とカテゴライズされる。
他には、世の中を否定し、人間の存在を否定し、是か否も存在しないというスタンスの人もいるが、それはそれで虚無主義者とカテゴライズされてしまう。
「どんだけ頑張ってナントカ主義から離れようとしても、その「離れたい」という行為自体が既にその人の思想だから、ナントカ主義から開放される事は無理。
無理だから出来る限り理解して上手に付き合いましょう。」とこの本は言っている様に思う。
思想はまさにその人そのものだと思うので、「自分は一体何者か」を理解する助けになるのではないだろうか。

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映画になりそうな恋をした科学者:ファインマン

このブログのタイトルにもなっているが、私は物理学者のファインマンが大好きである。
しかし、はじめは物理学から彼に興味を持ち始めたわけではない、書店の理工書に変わった題名の文庫本があるのをたまたま見つけ、はじめは無名な科学者が書いたエッセイ集かなと思って手にとった。
その本には、彼の幼少時代の事からあの有名なマンハッタン計画についてまで事細かに書いてある。
後からわかった事であるが、彼はMIT出身のノーベル物理学賞受賞者、いわゆる一流の物理学者であった。
しかし、私の思い込みで有名な学者というのは、厳格でヘタな事は言わないイメージをもっているのだが、ファインマンはギャンブルもするしブラジルのサンバにドラム奏者として参加もする変わり者。私が特に好きになったのは、やはりエッセイ集の「困ります、ファインマンさん」を読んでからである。
前著「ご冗談でしょう、ファインマンさん」は、くだけた文章で役人や軍人に冗談のきついイタズラをしたりと、和やかであり痛快な内容であるが、こちらは少々違っている。
最初のエッセイは、ファインマンがまだ若い頃、妻と死別した事について、彼らしい表現で思いを綴っている。若くして恋に落ち、結婚を考えていた時期に彼女のアーリーンは不治の病にかかっている事が判明した。数年間の余命と知りつつも、彼らは結婚し純粋に愛し合っていた様を見て、ファインマンの人間性が読み取れる。
後へスペースシャトルの事故調査委員会時代の話へと続いていくが、彼の率直さには自分も見習わなければと思った。
ファインマンは死に際「I’d hate to die twice. It’s so boring.」と言っていた。彼らしい。

それとは別に、勿論彼の物理学も解りやすくおもしろい。
彼がカリフォルニア工科大学での講義をまとめた「Feynman Lectures On Physics」は、私の不安を取り除いてくれた素晴らしい物理学の教科書である。
ここに使われている英語は簡単と言われているが、私ではテンデ駄目だったので和訳をしたのも購入した。
翻訳が下手なので読みづらいが、他の物理学の本では書いていない事が書いてある。
彼は、公式ばかりのせた本を嫌っていた、当然ながらこの本も公式や数式は殆ど載ってはおらず、冗談を交えた身近な物理現象の説明が続く。
書いてあるのはエネルギーとは一体何者か??や、なぜ永久機関が作り出せないか?などだ。
この本だけでは私では演習問題を解くことが出来ない。だが、自然現象を「理解」するという点では最高の教材であろう。

物理を理解しようとする姿勢は、世の中を理解しようとする事と同意である。
宗教や占いが非科学的で、でたらめであるという批判があれば、逆に物理というのも「ニュートン教」の信者に他ならないという批判もある。

科学が戦争を最悪なものへと進化していった事も忘れてはならない、原爆の開発に参画したファインマンは、日本に2度実際に落ちて愕然としていた、しかし悪いのは科学では無い。
使い方を誤った政治家が悪いのだ。
金八先生が、薬中の生徒をかばい「人を憎むな、薬を憎め!!」と他の生徒に指導するシーンがあったが、その逆である。

とにもかくにも、優秀な物理学者として、一人の人間としてR.F.ファインマンの生涯は興味深い。

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